東大で2回も留年した話(後編)

 

東大で2回も留年した話(前編)(中編)はこちら

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さて、1回目の留年が決定した後の話だ。

留年生にとって、乗り越えねばならない一つの大きなハードルが存在する。

 

それは留年したことを親に報告することだ。

実際、僕はなかなか言い出すことができなかった。

 

ようやく白状したのは新年度に入る直前の3月のことである。

親に「4月からは本郷に通うの?」とかいろいろ聞かれ白状せざるを得なくなったのだ。

当然驚かれたし、怒られた。予期していなかったのが、「留年したこと」よりも「留年の相談をしないで勝手に決めたこと」にいっそう怒られたことだ。

 

留年した理由について僕は上手く説明できなかった。

「経済学部の勉強の内容が難しくて・・・」とか

「大教室でひとりで授業を受けるのが精神的に耐えられなくなって・・・」

などと説明したが、歯切れが悪く両親はうまく理解することができなかったようだ。

 

このブログのように留年した理由を詳細に文章に書いて渡せば、きちんと理解してもらえたかもしれない。しかし、当時の僕はそんなことを全く思いつかなかった。また、「コミュ障」だとか「ぼっち」だとか親に言いたくなくて、説明できなかったというのもある。

 

それから、話題になったのはこれからのことだ。もう1回進振りに参加することになる。「経済学部でなかったらどこに行くの」と聞かれた。

僕は「文学部の心理系の学科かな?・・・」と答えた。

 

文学部は基本的に文科3類からの進学がほとんどだ。それ以外の学科からは非常に枠が狭く、進学のハードルが高い。

僕の71点くらいの点数は文科2類から経済学部に進学するにはなんとかなる程度の数字であったが、東大生の平均から見ればかなり下回り、文学部の中では比較的人気のある心理系への進学は相当運がよくなければ進学は困難だったのだ。

 

親にこの無計画性を怒られた。

実際、僕が留年したのはこのまま経済学部に進学したら行き詰まるのは明らかだと思ったからであって、文学部の心理系の学科に行きたかったからではない。僕は心理系の学科の詳細について少しも調べようとしなかったし、点数についてもチラッとは見たが無視していたのだった。

 

行きたい学部なんて無かった。

親に「なんで経済学部は嫌なの?」と聞かれた。

進振りの点数的なことでいえば、経済学部に進学するのが合理的だし、卒業後のことを考えても経済学部なら色々有利だと言われた。

留年するに至った状況を説明できなかったから、親には「単に勉強をサボっただけ」と思われたのだろう。だから、その失敗を踏まえてもう一度経済学部でやり直せばうまくいくに違いないと考えるのは自然だ。

そして「勉強をサボった」のは事実なのである。

 

ここまで親のせいにするかのように書いているが、最終的な決定をしたのは僕だ。

なんとなく、もう一度やり直し、きちんと授業に出て勉強をすれば今度こそは大丈夫だろうという気がしてきた。

そして僕は「もう一度経済学部に進学する」とついに言ってしまったのだ。

 

一度宣言してしまうと、今度こそはやれる、大丈夫という楽天的な考えに支配されるようになった。

だんだん気持ちも落ち着いてきたので、行かなくなっていたサークルにも顔を出すようになった。

僕がサークルに行かなくなったせいで、会計の仕事を押し付ける形になっていた人に謝った。まだ幹部としての期間は残っていたが「もういい。幹部代が終わるまで会計の仕事は全部俺がやる」と言われた。会計の仕事を一人で抱えるハードさよりも、僕のことが信用できなくて仕事を任せたくないという気持ちが上回ったのだろう。

 

この頃、僕はやることがなかった。完全に暇にはならないようにいくつか授業をとってはいたが、それだけだ。(前期課程修了に必要な単位は取っていたので、あまり授業は必要なかった)

バイトもしなかった。バイトを始めるのが怖かったからだ。

バイトをするとなると面接があるし、新たな人間関係の環境に飛び込まねばならない。それが怖くて一歩を踏み出せなかった。

今まで、一度もバイトをしなかったわけではない。1年生の秋から約9ヵ月くらい個別指導のバイトをしたことがある。この時は、他の講師とはほとんどコミュニケーションをとらず授業を終えたら逃げるように帰った。室長からも信用されていなかったのだろう、担当の生徒がほとんどつかず週一くらいで出勤するのみだった。

 

人と関わること、社会に出ることを恐れていた時期でもあった。サークルには復帰したとはいっても、僕の活動頻度は少なかった。

今もコミュ障には違いないが、「人と関わること、社会に出ること」をそれほど恐れてはいない。むしろ、積極的に関わりたいとさえ思っている。

次の記事で書こうとは思うが、このブログを人脈作りや社会との関わり合い、自分自身のメディア 露出に繋げようと妄想している(具体的にはテレビ出演が当面の目標)

 

さて、経済学部に2回目の進学をした時のことを語ろう。

結論から先に言えば、僕はその前の年と同じ状況に陥ってしまった。

 

前年度の反省があったし、当初はきちんと授業に出席し勉強しようと思っていた。しかし、だんだんと漠然とした不安がよぎるようになる。

勉強についての不安はもちろんあるのだが、将来についての不安が大きくなってきていた。

「自分は卒業したところで、まともに就職できないかもしれない。就職したとしても、その先やっていけないに違いない。将来は絶望だ。」

こんな気持ちが大きくなっていた。

普通に就職するのではなく、別の方法でお金を儲けられないかと思った。

 

僕が目につけたのはFX(外国為替証拠金取引)である。

僕はFXにハマってしまった。気づけば授業に出席しても、スマホでチャートを見るばかりになっていた。

僕の2回目の留年理由がFXによるものかと聞かれれば、それだけとは言えない。FXをはじめる前から授業には集中できなくなっていたし、ぼっちでいることの不安感は強烈だったし、自己否定感が強くなっていた。勉強の内容についても、改めて勉強すると難しく感じたし、前年度より難しくなっているのではと思う授業もありパニックになりつつあった。

現実逃避の手段が前年度のTwitterからFXに代わっただけだ。大教室での授業となる経済学部に進学し、ぼっち確定になることが間違いだったし、前年度乗り越えられなかった勉強を2回目ならいけるほど甘くもなかった。

 

自分の人生についてきちんと考えるのをやめ、投げやりに経済学部を選択した時点ですべてが間違っていた。

FXについてだが、トランプ大統領の当選確実になったところで儲け一旦プラスに転じた。

トランプ大統領の当選確率が上がれば上がるほど円高に動いていたドル円だが、ある瞬間から急激なドル高に転じるようになる。

トランプ当選=円高、と考えていた自分はこの変化についていけずドル高になればなるほど損をしていった。結局、大損をしたところでFXを辞めた。

 

いよいよ行き詰まった。

勉強はまたしてもついていけなくなったし、FXで別の人生の道が開けるということもなかった。

僕は毎日絶望感に見舞われ、何もすることができなくなった。

 

前回留年時に「親に相談しなかったこと」を怒られた僕は親に相談した。

僕の中では2回目の留年を決めていた。留年してもう一回進振りに参加し学部を代えなければ、もう経済学部で卒業するのは無理だし退学するしかないと思ったからだ。

親にはそのように伝えたし、2回目の留年を受け入れてくれた。

 

いざ、留年を決めると開き直りの心境に達してきた。絶望感は薄れていった。

「何か行動したい」と思った。

そんな中、僕が思い浮かんだのはある人の姿だった。

同じサークルの人で自分と同期なのだが、その人が起業したらしいという話を前に聞いていたのだ。

その人のビジネスに自分も関われないだろうかと思った。

大したことを期待していたわけではない。

ただ「自分を少しでも変えたい。何か行動したい」と思っていただけだ。

 

彼に連絡する時、少し躊躇した。

なんとなく、久しぶりに彼のTwitterを覗いてみた。

少しツイートを遡ると「〇〇(僕の名前)がイロモネアに出てる w w w」

みたいなツイートを発見した。

もちろん僕はイロモネアには出ていない。単に僕に似ている人がイロモネアの観客席にいて、それが映っていただけだ。

このツイートに爆笑した僕は、数分後に彼に連絡した。

 

彼がやっていたのは家庭教師派遣事業だった。それ以外にも色々やっていたらしいが、いろいろ手をつけると結局どれも上手くいかないということで事業を絞ることにしたようだ。僕が彼のもとに訪れた時はもういろいろ士気が下がっていた時だったらしく、メンバーも基本的に僕含めて3人しかいなかった。

僕はサイトの文章作成や広告管理等に関わったが、結局この事業からは撤退することになった。

 

僕にとって大きかったのは仕事をしたことよりも、彼と色々話したり、彼が紹介してくれた本を読んだりしたことだ。

例えばベストセラーになった「嫌われる勇気」も彼の紹介で知り、僕の価値観や考え方を変容させることになった。

 

家庭教師の事業を撤退してから、彼は親の会社でリソースを使いながらビジネスをすることになったようだ。

彼はフィリピンに渡った。フィリピンだとプログラミングなどができる高スキル人材を月5万で雇えるらしい。さらにフィリピンのインターン生を使えば、格安で使うことができる。

「世界規模で見つめ、リソースを最適配分させる。それがグローバルな物の見方だ」

的なことを彼は言っていた。まあ、書いている僕がうろ覚え状態なので全然違うことを言っていたかもしれないが。

いずれにせよ、テクノロジーの進化はこれからますます国境による区別の意味を無くしていくとは思う。

 

さて、僕はAI関係のベンチャー企業インターンすることになった。

僕は文系で開発には関われないので、主に営業や広報に関わる形だ。

社長は僕のことについて、「文章を書くのが上手い」と褒めてくれた。コンペに出す書類作成まで僕にやらせるくらいだ。

 

まあ、「文章を書くのが上手い」というより「スキルが無さ過ぎて文章を書くくらいしかできない」が正しいかもしれない。

 

そしてこの度、僕はこのブログを始めてみた。

このブログを始めたことによる目標や狙っていることは、この次の記事で書く。

もし僕に興味を持ってくれた方がいれば、ぜひ連絡して欲しい。ぜひ人脈作りに活かしてみたい。

また、取材なども絶賛受付中だ。2回も東大を留年した僕はある意味で希少性があると思う。

当面の目標はテレビ出演である。「さんまの東大方程式」をはじめとして東大生が出演する番組は多い。案外、自分もいけるのではと思ったのだ。このブログが注目されれば実現するかもしれない。

何事もはじめる前から無理とは思わず、やってみることからだ。

 

(追記)

テレビ出演などとアホなことを書いていますが、現在はそのモチベはほとんどありません。

もし出演するなら、将来的に自分が何事かを成してそれが取り上げられるとか何らかの目的意識をもって出演するという感じでしょうね。

現状、何もない状態でテレビ出演するメリットはほぼないと思います。誠に恥ずかしい戯言を垂れ流してしまったと思います。

 

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