凡人東大生が語る受験勉強のモチベーションや息抜きの話

この記事では、僕がどのようなモチベーションで受験に臨み受験勉強を続けていたか、などのメンタル面の話や息抜き等の話について書こうと思う。

(勉強法などの話については以下の記事に書きました)

todairyunen.hatenablog.com


受験勉強のモチベーションについて、僕の場合はコンプレックスが根底にあったと言えるだろう。

以前の記事でも書いたが、僕はコミュ障でこれといった趣味も無い人間である。

todairyunen.hatenablog.com

僕は中高一貫の男子校に通っていたが、はっきりと「友達」と言える人間は中高時代一人もいなかった。

一緒にいることが多かった人や時々一緒に帰る人などは多少はいたが、彼らとの思い出はほとんど無く、当時何を話していたのかも全く忘れてしまった。

一つ言えるのは、僕が彼らに心を許していなかったということだ。

彼らのことが好きになれなかった、ということでは無く僕が自己開示をすることが苦手であったことが原因であったと思う。

自分のことを全然話さない(話せない)ので他人と心を通じ合うことができず、表層的な関係に終わり仲良くなることが出来なかった。

そもそも表層的にでも会話する人がまず少なかった。

 

人と仲良くなることができず、ならば一人でも打ち込めるものがあれば良いがそれも無かった。

ただ漫然と日々を過ごしていて、何も誇るものが無かった。休日に誰かと一緒に遊ぶということもほとんど無かったし、中身のない毎日だった。

中3の時、そんな僕のコンプレックスを刺激させるような出来事が起きた。

 

「お前っていつもぼっちで何も喋らないし、成績もクソ悪いし生きてて楽しいの?」

というようなことを言われたのである。

前の記事で書いたが、当時の僕は英語の実力試験で235人中220番くらいになるほど成績が悪かった。この発言を聞いた時は、「さすがに成績が悪すぎるから、勉強を頑張ってみよう」とぼちぼち自分で計画を立てながら勉強を開始していた時期であった。

その発言をした人は、学年でもまあまあ上位の成績の人だった。僕はひそかにその人に成績で勝ってやろうという気持ちを抱いたのである。

(結果的に彼とは成績の上で互角程度になり、共に現役で東大に合格した)

 

もちろん、これはきっかけの話であり彼に勝つために大学受験にまで至る勉強を頑張っていたわけではない。

僕の勉強のモチベーションは、上に書いたようなコンプレックスを掻き消すということであったと思う。

何もない自分、誇るものがない自分にせめて「勉強はできる」ということで救いを求めたかったのである。

 

中3から高2にかけて成績は右肩上がりで上昇し続けた。

偏差値や校内での順位は高2の終わり頃に最高潮を迎えることになる。

偏差値が上がれば上がるほど、自分の中で劣等感は消え失せ満たされていった。「成績が上がっていること」が僕の勉強へのモチベーションを支えるもう一つの要因であった。

こうやって書いてみると「中3からガリ勉してた」ようにしか見えないが、当時の僕はそこまでガリ勉してるという認識はなかった。純粋に頑張った結果が数字に表れるのが嬉しく、やりたいから勉強をやっていただけであった。勉強に飽きて全然やらないような時期もあった。だが、トータルで見れば受験生でもない中3~高2の時期の勉強は人より多かったのだろうと思うし、客観的に見ればガリ勉してたとしか思えないだろう。

とにかく、この時期の勉強があったからこそ東大に合格できたというのは間違いないだろう。

 

高3になりいよいよ受験生として勉強量を増やすようになったが、ここからは苦しむことが多かった。

もちろん、受験生として出来る限りの時間を勉強に費やすようになったことが大きな要因だが、「偏差値や順位が上がらなくなったこと」も大きかった。

高2の終わり頃に最高潮だった僕の偏差値は停滞し、どちらかと言えばやや下降していた。

勉強を頑張れば偏差値が上がることが当たり前だった僕にとってはなかなか苦しかった。勉強量を増やしたにも関わらず、(相対的な)成績は下降しているからだ。

相対的な順位、偏差値が下降した要因としては次のようなものが挙げられるだろう。

・周りの人達が受験生として勉強を頑張り出したこと

・模試においては浪人生が参加することも多くなり、得てして浪人生は現役生よりもできるため母集団のレベルが上がった

・僕は塾には通わず、参考書を買ってきて自学自習するのが勉強のメインだったが、自学自習の勉強では難関レベルに対応しにくい、あるいは東大にターゲットを絞った対策がしにくかった

(この問題点に気づいた僕は、「東大にターゲットを絞った難関レベルの勉強をするため」塾通いがある程度は必要と感じ、英語・数学・世界史で塾に通い始めた。英語は面倒になって途中で辞めたが)

 

それにも関わらず、なぜ勉強のモチベーションを維持し受験勉強を続けられたのか?

最も大きな理由は、僕が東大に異様なこだわりがあったからだろう。

当時の僕は正直早慶では負けだと思っていた。

もちろんこれは早慶に行く人が「負け組」ということを指すのではなく、東大に落ち早慶に進学したら「自分に負けた」と感じていたからだ。

全力を出して受験勉強をすれば、必ず東大に合格できると信じていたからだ。

 

東大にいって何かやりたいことがあったわけではない。

僕の根底には依然としてコンプレックスで満ち溢れていた。勉強以外のことについてはまるで駄目であったからだ。だから、せめて勉強だけは東大に合格して他人から認められる実績を作らなければならないと思っていた。

また、自分自身のプライドという問題においても東大に合格できなければ、本当に何もない空っぽな人間だと認めざるを得ず、プライドの崩壊は避けられなかったからだ。

 

印象的な出来事として体育祭がある。

僕の通っていた学校では体育祭が盛んで、高3生は下の学年を指導する立場として体育祭に全力で打ち込むという風潮があった。

僕はもともと体育祭はあまり好きではなかったが、高3になってこの体育祭を非常に面倒に感じていた。

自分はコミュ障だし、学校に気を許せる親しい友人もいないし、もうこのような青春イベントはどうでもいいと思っていた。暑苦しいのは鬱陶しいだけであった。

それよりも 勉強が最優先で、体育祭に東大合格の邪魔はさせないなどと思っていた。

高3の人は皆何らかの役職につかねばならないのだが、僕は「ヘルパー」という最も楽な役職を希望し、無事「ヘルパー」になった。

最も楽な役職といえばまだ聞こえはいいが、「ヘルパー」は実質的に学内のヒエラルキースクールカースト)で最底辺の人間がやるものというような役職だった。

先輩として下の学年の指導をするわけではなく、足りない所に入る駒としての役割だった。確かに楽で、受験勉強の妨げにはあまりならなかった。しかし、周囲の人が体育祭で目一杯に楽しみ、体育祭終了後に切り替えて全力で勉強に打ち込んでいく中、自分はエンジンをふかし切れず中途半端になってしまったのだった。

 

正直、コンプレックスを原動力にしたモチベーションだけでは受験勉強は続かなかっただろう。当時の僕は「息抜き」が必要だった。

 

僕の「息抜き」はアイドルだった。

高2の頃にとある地下アイドルにハマるようになった。まあ、ハマっていたとはいってもそこまで熱烈なオタクというわけではなく、お金もないので無銭のライブを中心として時々現場に足を運び、毎日ブログやツイッターをチェックするという程度だったが、それでも僕の中では大きな出来事だった。

そこのグループが高2の3月(高3になる直前)の時、活動休止になり僕自身も受験生として勉強に集中しなければと思ったため在宅オタにシフトしたが、依然としてアイドルのブログやらツイッターをチェックすることは日常と化していた。

毎日、一日の勉強が終了した夜中をアイドル関連のネットサーフィンする時間と定め、ほぼ欠かさずにやっていた。

この時間が唯一の心安らぐ時間であり、この「息抜き」があるおかげでメンタルを保っていたという面はあると思う。

このアイドルの話については、また独立した記事に詳しく書こうかと思う。

 

全体として、僕の受験生活は苦しく感じることもあったが、基本的には充実を感じていた。

それまでの人生の中で全力で何かに取り組むという経験はなく、はじめて毎日継続して努力するということができたため、そのこと自体に達成感があったからである。

ただ、ここで毎日頑張って充実感を感じていたことが、東大合格後燃え尽き症候群と化してしまった原因になってしまった。

必ずしも偏差値の高い大学に合格することが幸せに繋がるわけではない、ということは最後に記しておこう。

 

ツイッターアカウントはこちら

Follow me!

twitter.com

 

凡人東大生が語る受験勉強の思い出・勉強法(後編)

前記事「凡人東大生が語る受験勉強の思い出・勉強法(前編)」において、僕が「自分の勉強」を重視するようになった経緯についてや英語の勉強等に関して記した。

 

todairyunen.hatenablog.com

中3の9月の時点では英語の実力が学年最底辺レベルだった僕だが、約1年で学年上位層にまで食い込めるくらいになっていた。

英語はひとまずのレベルに達したと判断した僕は、他教科についても「自分の勉強」に取り組まねばと感じていた。

大学受験をする上で英語・数学の基礎をなるべく早く固めておいた方がいいという話を聞いていたので、数学に取り組もうと思った。

数学に関しては、中3時の英語とは異なり致命的にできなかったわけではなく、定期試験や実力試験において学年平均のやや下くらいの点数は取れていた。

僕の通っていた高校は理系進学する人の割合が高いということもあり、数学の授業の進度が早く課題の量も多めだった。

課題については量が多くて間に合わない、あるいは最初からそれだけの量をやる気力が起きないことがほとんどだったので答えを書き写して提出することが多かった。

ただ、単に答えを書き写すだけでは何の勉強にもならず無意味であるとは分かっていたので答えを書き写す際はまず答えをじっくり読んで、解法の流れを理解しようと努めた上で書き写すようにしていた。

答えを書き写して課題提出するだけの勉強で学年平均やや下くらいの点数は取れていたので、この勉強法は効果的であると感じていた。僕はここから発展させて独自の勉強法を練り上げるようになった。

 

独自の勉強法といっても、ごくシンプルなものだ。

数学の勉強について、「見る勉強」と「解く勉強」に分けたのである。

多くの人が数学の勉強をしようとなったら、「まず問題を解こう」という所から始めると思う。その上で分からない問題については答えを見るというスタンスを取る人が多いだろう。

ところが、僕はまず「解こう」とする行為が面倒臭く感じていた。「解こう」とすれば一問あたりに多くの時間をかけざるを得ない。なるべく勉強時間が少なくてすむ、効率的な勉強をするにはどうしたら良いかと考えた時に、「解こう」とする時間を削ってしまえば良いという結論に至った。

また、数学の問題はいくつかの解法パターンを覚えてしまえば、それで解けてしまえることが多い。問題集に「応用問題」などとして掲載されている問題も、「基本問題」で出てくるような解法パターンを複数組み合わせただけのもの、ということが多く基本的な解法パターンさえ覚えてしまえば、高校数学で出てくる問題の多くに対応可能になれるのである。例えばセンター数学レベルであれば、解法パターンの暗記でほぼ全ての問題が解けるようになるといって良いだろう。

「見る勉強」と「解く勉強」について、それぞれの勉強の違いと意図について説明しておこう。

 

「見る勉強」

・いっさい「解こう」とするプロセスを持たない勉強。まず問題文を読み、すぐに答えを読む。答えを読む際はかならず「なぜそのような解法になるのか」について考え、解法の流れを理解するように心がける。

・解法パターンを学習するのが目的。青チャートのようなパターンが網羅されている本を利用するなどした。

少ない時間で多くの問題に取り組めるのが「見る勉強」のメリット。おそらく「解く勉強」の3~10倍くらいのスピードで問題に取り組むことができる。「知識を定着させるために同じ問題集を何度も繰り返すのが良い」などとよく言われるが、「見る勉強」はこの反復学習にとても向いている。一周目は解法を理解するのに時間がかかるが、2周・3周と繰り返すごとに解法パターンの理解が定着していくため、高速で問題に取り組めるようになる。5周くらいやれば、その問題集については問題を見た瞬間解法が思い浮かぶレベルになっていると思われる。このように高速学習・反復学習で解法パターンを定着させるのが「見る勉強」の肝である。

 

「解く勉強」

・「見る勉強」だけやっていては計算力がつかないという問題がある。公式を使いこなす計算練習は必要なので、基礎的な問題を解くようにしていた。学校で4STEPという問題集が配られ、課題となることが多かったが最も簡単なステップAの問題については自力で解いていた。案外、基本的なレベルの問題でも解いてみるとつまづくことがあるので基礎固めとして、解くのが面倒でもこのくらいはやっておいた方が良い。

・「見る勉強」だけでは数学的な思考力が身につかず、初見の問題に取り組む力が落ちるので、やはりある程度は解く訓練をした方が良い。「この問題集は解く用にしよう」などと決め、取り組んでいた。応用力をつけることが目的なので、ここで使用する問題集は、大学受験用のそれなりの難易度のものにした方が良いだろう。

 

とまあ、こんな感じで勉強していたら高1時の駿台か何かの模試で偏差値45くらいだったのが、高2時の同じ模試で偏差値75くらいまで上がってビックリした記憶がある

そこまでガツガツ勉強していたというわけでもないので、やはり高速で勉強できる「見る勉強」の成果が出ていたと思われる。

ただ、「見る勉強」は解法パターン暗記で解けてしまえる大学受験の標準レベルの問題にはとても有効だが、難しい問題には対応できない。

僕は高2の終わり頃が数学の偏差値や順位が最も高かったが、これは高2用の模試ではせいぜい大学受験標準レベル~やや難くらいまでしか出題されないためである。

難しい問題も出題される高3の模試ではなかなか対応しきれず、偏差値や相対的な順位は落ちてしまった。ただ、結果的に東大文系数学にはある程度の対応はできたので、文系数学であれば「見る勉強」主体で対応可能かと思われる。難関大学の理系数学だと対応できない可能性もあるということを記しておこう。

 

ここまで英語・数学について述べたが、受験においては他に国語(現代文、古文、漢文)・世界史・日本史・地学(センターだけ)をやった。

これらについても詳しく書こうか迷ったが、読んでも面白くないだろうし、あまり書くモチベーションはない。

現代文については「勉強して出来るようになるものではない」と判断してろくに勉強していなかったが、東進の東大特進コースという所で不定期的に行われる林修今でしょ!の人)の授業だけ受けていた。

林修は今では完全にタレントだが、現代文講師としては一流だと思うのでお勧めしたい。

東進の模試でそこそこの成績を取れば、東大特進コースで何講座か無料になるため、無料で受講できるのも良い。注意点は、彼がテレビで見るよりずっと毒舌であることだ。

あと、「ぐんたまちばらぎ」などと言って群馬・埼玉・千葉・茨城・栃木などを小馬鹿にしがちなので、その県民の方は注意をされたい(笑)

 

さて、この記事では「勉強法」などに偏りいささか人間味の薄い記事になってしまった。

次の記事で、僕が受験勉強をどのようなモチベでやっていたのかとか息抜きとかの話を書こうと思う。

 

todairyunen.hatenablog.com

 

ツイッターアカウントはこちら

Follow me!

twitter.com

凡人東大生が語る受験勉強の思い出・勉強法(前編)

久しぶりのブログ記事になる。

何について書くか迷ったが、東大生らしく(?)受験勉強について記事を書いてみることにした。

 

僕は凡人であり、至って普通の頭脳レベルでしかない。

おそらく東大生の中で地頭のレベルは最低辺といっても過言ではないだろう。

凡人たる僕が如何に工夫を凝らして成績を上げたか、東大に合格するためどのような勉強をしたかを記すことで、多くの凡人受験生・高校生の何らかの参考となれば幸いである。

 

本題に入る前に、受験勉強に関する私見を述べておこう。

僕は学歴社会なぞ下らないと思っているし、才覚のある人間は受験勉強に時間を費やしていないで、高校時代は好きなことに取り組み個々の才能を伸ばした方が良いと思っている。

しかし、必ずしもすべての人間が才能を持っているわけではないだろう。

際立った才能や個性を持たない僕のような凡人は、受験勉強を一生懸命に行って偏差値の高い大学に進むことは決して悪くない選択肢であると思う。

偏差値の高い大学を卒業すれば、際立った才能がなくとも学歴社会の中で評価を高めることができるからだ。

一方で、貴重な高校生活の時間を受験勉強に多く割いてしまうことはデメリットでもあるだろう。やはり、高校時代に様々な経験をした人間の方が大学生活を充実したものにする可能性が高く、社会人になった後も成功する可能性が高いのではと感じる。

 

それを踏まえた上で、なお「一生懸命に勉強をしてなるべく偏差値の高い大学に入りたい」と思う人は続きを読んで頂けると幸いだ。

また、「なるべく効率的に勉強して少ない勉強時間で偏差値の高い大学に合格したい」と考える人も当記事を読んで何らかの参考にして頂ければ有難い限りである。

 

 

受験生としての意識を持ち、自分の中で本格的に受験勉強を開始したのは高校2年の11月だった。

この記事は「受験勉強の思い出・勉強法」というタイトルだが、まず本格的な受験勉強を開始する以前の勉強について語ろう。

東大をはじめとする、受験科目数の多い国公立大を受験する上で特に顕著だが、本格的な受験勉強を開始する以前の高1、高2あたりで如何に基礎力を身に着けておくかが受験においては重要だと思う。

 

僕は中高一貫進学校の出身であり、通っていた学校は中3くらいから高校範囲に入っていた。(科目によっては中2の終わり頃から高校範囲に突入していた)

中3の9月頃までは基本的には学校で出される課題と定期試験直前の勉強しかやっていなかった。

学校で出される課題については答えを書き写して適当に提出することが多かったし、そもそも提出しないことも多かった。中高一貫校では高校受験がないため、中2・中3は勉強をサボりがちな「中だるみ」に陥る人も多かったが、やはり当時の僕はその中でも勉強していない方だっただろう。

 

僕が目を覚ましたのは中3の夏休み明けに実施された校内実力試験の結果が返った時だった。

(校内実力試験とは、校内で実施される模試のようなもの。定期試験と異なり出題範囲が決まっていない、あるいは非常に広いため純粋に「学力」が問われる試験)

英語の成績が非常に悪かったのである。

235人くらいの中で僕の英語の点数は220番くらいであった。

この成績は正直ショックであった。実力試験においては、200番以降になると「落ちこぼれ」と見なされる風潮にあった。社会などの暗記科目で低い順位を取る分にはそれほど大きな問題でもなかっただろうが、やはり主要科目の英語でこれだけ低い順位となると「落ちこぼれ」として自覚せざるを得なくなった。

 

それまでは定期試験直前だけ勉強するようなスタイルでやっていた。定期試験では確かに英語の点数は低かったものの、致命的に悪いわけではなかった。

定期試験は範囲が狭く限られているので直前の暗記だけで何とかなることが多かったからだろう。

実力試験において特に成績が落ちた要因としては以下のようなものが考えられた。

・体系的な文法の知識がまったく身についていないので文法問題が解けない

・SVOCなどの文構造の理解ができていないため、少し英文が複雑になると途端にわからなくなる

・英単語の知識がないため、初見の英文に対応できない

 

などである。

上に挙げたような問題点について、僕はすぐに気づくことは出来なかった。自分なりに試行錯誤して勉強を始めることで、ようやく弱点が分かり始めたのである。

当時の僕はまず「自分がどのくらい出来ないのか」を理解することから始めようと思った。

進学校の中ではビリに近いような順位でも、一般の公立中学の生徒よりは出来るだろうと思っていた。

自分の英語レベルを知るツールとして英検の本が使えるのではないかと考え、本屋で英検3級の本を買ってみた。英検3級は中学卒業レベルだと書いてあったので、落ちこぼれとはいえ日本有数の進学校に通っている自分ならこれくらい余裕だろうと思ったからだ。

 

いざ、英検3級の問題集に取り組んでみると思ったよりも全然出来なかった。

合格点に達するような点には遠く及ばず、進学校で中3の自分が公立中学でやるようなレベルにも全然達していないという事実を突きつけられた。

こうして自分の英語の学力レベルを知り、「中1の範囲から復習した方が良いかもしれない」と思い始めたのだった。

 しかし、当時の僕は自学自習が不慣れであり、中1の範囲から復習しようと思って中1の頃に使っていた教科書を手に取り勉強してみるも思うように勉強がはかどらなかった。

そんな折、母親が「和田式受験英語攻略法」という本を買ってきた。

この本は僕のような中学英語も出来ない、SVOCをろくに理解していないレベルからの英語の勉強法、おすすめの参考書などが詳しく書かれてあり非常に役に立った。

 

和田式受験英語攻略法 (新・受験勉強法シリーズ)

和田式受験英語攻略法 (新・受験勉強法シリーズ)

 

 

受験勉強において、もっとも役に立ったのがこの本である。中3だった僕はこの本の指示を参考にしながら本を買ってきて、自分なりにざっくりとした勉強計画を立ててみた。

これが、学校の勉強より自分の勉強に重きを置くようになる契機だった。

 

ここで学校(塾)の勉強と自分の勉強を簡単に比較してみよう。

 

 学校(塾)の勉強

・ペースが決められているので自分で計画を立てる必要がなく、授業についていけば全範囲を過不足なくやってくれる可能性が高いが、自分のペースで進められない。

・授業のレベルと自分のレベルが合っていれば有効。落ちこぼれや超優等生の場合、レベルが離れているので授業が役に立たない場合が多い。

・得意科目(分野)、苦手科目(分野)も関係なく同じくらいの分量でやらされる。苦手であっても量を多くするわけではないので克服が難しい。

 

自分の勉強

・自分のペースで進められるため効率が良い。一方で、自分でペース管理をしなければならないということ、漏れなく全範囲やることが難しくなる可能性や弱点を放置したままになることも多い。

・自分自身のレベルに合った勉強が可能。常に自分自身のレベルを見極め、最適な教材を選んでいくことが重要。

・苦手科目(分野)に重点的に時間を割くなどして苦手を克服可能。また得意な所をひたすら伸ばすこともできる。どの科目(分野)にどれだけ時間を割くのかの裁量が極めて重要。

 

要するに自分の勉強をメインにする場合、自分のレベルの把握や勉強の進捗スピードの管理が非常に重要ということである。これがきちんと出来るなら自分の勉強をメインに据えた方が効率が良くなる可能性が高い。

僕は「和田式受験英語攻略法」という本を参考にしながら、自分のレベルに合った参考書を買ってきてざっくりとした学習計画を立て自分の勉強を開始した。中3の9月に校内で220番くらいだった僕は、高1時の実力試験で順位を60番くらいにまで上げ、定期試験においても英語に関しては常に学年平均を上回るくらいにまで成績を上げたのである。

これにより僕は「自分の勉強」により効率的に成績を上げることができる、と確信し以後は英語以外の科目においても少しずつ「自分の勉強」を開始するようになった。

 

もっとも、「自分の勉強」には弱点もある。

例えば、英語において僕は「英文解釈・英文読解」に偏った勉強をしてしまったように思う。

そのため、リスニングと英作文が苦手であり、高1時に得意教科であった英語に苦手意識を持ち始め、東大入試ではリスニングと英作文の配点が高いため受験時代は英語で苦戦するようになった。

特に英作文は自分一人で勉強することが非常に難しい分野であり、実際に僕は英作文の勉強をほとんど放棄していた。

英作文については「内容が幼稚になっても良いから、なるべく簡単な単語・構文で文法的なミスを減らし乗り切る」という戦術で臨むことになったが、これが本番でどの程度評価されたかは不明である。

リスニングに関しては、苦手意識を持っていたものの勉強を先送りにし続けた。

センター試験終了後の過去問演習で「リスニングがヤバイ」ということを痛感し、直前期にリスニング対策をしまくったおかげか本番ではリスニングは好調だったが、もっと早めに対策するに越したことはなかったと思う。

 

字数も多くなってきたので、続きは「凡人東大生が語る受験勉強の思い出・勉強法(後編)」に譲りたい。

 

todairyunen.hatenablog.com

大学生って何をすればいいの?

「大学生になると自由時間が増え、何をすればいいか分からなくなった」

こんな思いを抱いたことがある人は結構多いのではないでしょうか?

もちろん僕はこれに該当します。

 

最初に言ってしまうと、この記事は「大学生はこれをすべき!」等のような結論のある記事ではありません。

そもそも僕自身が2回も留年した挙句に「何をすれば良いかわからない」とまだ思っている迷える羊だということもありますし、結局何をすべきかは人それぞれですので誰か他の人が決めることでもありません。

その上で、この記事が何らかの参考・ヒントになれば良いかなと思います。

 

留年の話はこちら

todairyunen.hatenablog.com

 

①学業

「大学生は学業を頑張るべき!」というのが世間一般の認識でしょうし、僕もそれには同意します。

大学に入る前から「〇〇を学びたい!」と強く思い、入学後その分野の深い専門知識を身に着けるべく学業に励むというのが教育・研究機関として本来の大学のあり方だと思います。

 

学業に強い情熱を持っている人は是非そのままでいてください。

あなたのような人が研究者になって、学問の世界でリードし世界を動かす原動力となって欲しいものです。

 

しかし、この情熱を持てない人が大半でしょう。

大学の勉強はそこそこにやり、その上で「何か他のことをしたい」と思っている方が多いはずです。

また、高校の勉強と大学の勉強は直結していないことが多く高校生の段階で学びたい専門分野を決められない人も多いでしょう。もちろん、何となく入った学部であっても後から情熱が出てくるパターンもありますが、多くの場合そこまで興味を持てないで終わってしまうのではないでしょうか?

また、医学部と法学部に多い気がしますが、入学前に「〇〇学部に入りたい!」と思っていても、いざ入ってみたらあまり興味を持てなかったというミスマッチもあるかもしれません。医学や法学に関しては高校生の段階ではその学問にほとんど触れることがないまま、その道を志すパターンが多いように思います。

理一に入ったけど、理三(医学部)に入りたいと思って仮面浪人したという人の話を聞いたことがありますが、彼は理三には受からず「理三に入りたいと思っていたのは、周りから評価を得たいと思っていただけのことだった」と振り返っていました。

結局、理一で留年という形になってしまったようです。

ミスマッチを減らしたり、大学での学業に情熱・熱意を持つ人を増やすためには高校と大学の連続性を高めるしかない気はします。そうなると受験システムを変えるしかないでしょうが、どういう形にしたら良いかは僕には分かりません。

 

大学の勉強はそこそこにやり、その上で「何か他のことをしたい」と思う人が多くなる理由としてもう一つ挙げられるのが、「大学生は学業が本分ではあるけれど、学業だけで終わって欲しくはない」という社会的な認識があることでしょう。

例えば、就活で「学生時代に頑張ったこと」という質問で学業を挙げると、学問の内容が仕事内容に直結するような技術職などは別ですが、微妙な反応になってしまうことが多いかもしれません。

就活のために学生時代にやることを決めるというのはアホらしいでしょうが、そのような認識が増えれば学業以外のことで「何かやりたい」と思う人が多くなるのは当然でしょう。

 

②遊び

「大学生は遊べばいい」という人も中にはいると思います。この場合の「遊び」とはサークル活動や趣味の活動を含めることにしましょう。

これを否定するつもりは毛頭ありません。「遊びたい」と思ったら、その素直な気持ちに従って遊んだ方が良いでしょう。

また、趣味があるならその活動に没頭するのも良いでしょう。趣味がないと僕のようにつまらない人間になるでしょうし、人生を通じて楽しめる趣味に出会えたら人生を豊かにしてくれるはずです。さらに、趣味を極めたらその道で何かをすることもできるかもしれません。

例えば、けん玉を極め、けん玉を仕事にしてしまっている人がいます。「ずーまだんけ」というけん玉パフォーマンスコンビです。

 

僕はこのような「遊びや趣味を仕事にする」人がどんどん増えていくと思っています。インターネットで個人をPRできる場ができたのが大きな要因でしょう。youtuberなどはこれに該当しますし、僕のブログ活動も仕事に繋がったとしたらこれに該当するわけです。

todairyunen.hatenablog.com

 

「大学生は遊べばいい」という意見に対する否定的なコメントを見たかったらググって下さい。大量に出てくると思います。

僕の立場としては「遊びたければ遊んでいいし、遊びを極めたら凄いかもよ?」というぐらいの感じだと思って頂ければよいでしょう。

 

③ビジネス

学問に興味ないなら、大学生のうちからビジネスをやるのもいいと思います。

起業でもいいですし、インターンでも良いでしょう。

普通に過ごしていると、大学生は同じ年頃の人達とばかり交流してしまいがちだと思います。ビジネスを通じて幅広い年代の人と交流すれば、それだけで世界観や価値観が広がると思いますし、その中で「自分がやりたいこと」や「将来の自分の生き方」が見えてくるかもしれません。

自由時間が比較的多く「何をしてもいい」モラトリアム期間の大学生だからこそ、ビジネスを含め様々なことに挑戦し自分の適性を見極めていければ良いでしょう。

また、将来の仕事に繋がるスキルを身に着ければそれは財産になります。

さきほど「遊びたければ遊べばいい」ということを書きましたが、遊びに一生懸命になるのではなく惰性で遊ぶならビジネス的なことやスキルの修得に費やすのが建設的だとは思います。ただ、どうしてもやらなければいけないことではありませんので、好きにして下さいといった感じでしょう。

 

④留学、国際交流、ボランティアとか

これに関しては経験がないですし、コメントすることがありません。さっき書いたように、自由時間が比較的多く「何をしてもいい」モラトリアム期間の大学生だからこそ、様々なことに挑戦し自分の適性を見極めていければ良いと思いますので、その観点からこれらの活動に打ち込むのは多分いいことだと思います。

好きにして下さい、という感じでしょう。

 

 

というわけで色々書き連ねました。まとまりがあまりないので、「読んで損した」と思う方もいるかもしれません。

結局、「大学生って何をすればいいの?」という問いには「何をやってもいいよ。何であれそれを一生懸命やるのが一番じゃないかな。」という至極当たり前の結論に行き着いたという所でしょうか。

ただ、これを書いている僕自身が一生懸命に打ち込んでいる活動が何もないという状況です。「一生懸命に何かに打ち込む」というのは案外難しいことであり、それをやれる人間は強いですし、何とか生きていけると思います。

 

 

お仕事依頼、アポなど

メールアドレス todairyunen@yahoo.co.jp

Twitterアカウント 

twitter.com

ブログランキング参加しました!

にほんブログ村 大学生日記ブログへ

当ブログ開設1週間でのPV数は6084でした!

 

今日が当ブログ開設から8日目のため、昨日までの1週間のアクセス報告です。

タイトルにあるように、開始1週間で6084PV集めました!

 

詳細はこのようになっています。

7/19   17pv

7/20   244pv

7/21   82pv

7/22   1100pv

7/23   2168pv

7/24   1892pv

7/25   581pv

となりました。Googleアナリティクスは途中から連携したため、はてなブログの標準装備となっているアクセス解析での数字です。

はてなアクセス解析Googleアナリティクスと比べてもあまり変わらない気はします)

 

開始1週間で6084PVというのは、かなり集めた方でしょう。

これだけのアクセスが集まった理由について見ていきたいと思います。

 

まず、7/20のアクセス数が244pvと少し多くなっています。

この理由は僕にこのツイート

 をホリエモンがRTしてくれたからです。

このツイートに直接ブログのリンクを貼ってはいませんが、このツイートを見て興味を持った方がプロフィールからブログを見に来てくれたのだと思います。

 

7/22にアクセスが急増しました。(1100pv)

この日は僕がTogetterでセルフまとめを作った日です。

togetter.com

このまとめがはてなブックマーク人気エントリーに入るなどし、(ホッテントリというらしい)結果的に僕のブログへのアクセス増へ繋がりました。

 

そして、その後まだアクセスが増えていきます。(7/23  2168pv)

これはニャートさんという方が僕のブログを取り上げて記事を書いてくれたからです。

nyaaat.hatenablog.com

この記事もまた、はてなブックマークホッテントリとなったことで記事が拡散しこのブログへのアクセス増となりました。

ニャートさんのブログは、その後BLOGOSで取り上げられることになります。

blogos.com

また、newspicksにも転載されました。

newspicks.com

 

このような理由で7/23,24はそれぞれ約2000pvを集めるまでになりました。

その後、アクセスが下がっていきます。

昨日は581pv、そして今日は昨日を下回るペースでのPV数です。

やはり、一時的なアクセスに過ぎなかったということでしょう。

 

さて、これだけのアクセスを集めてどうなったかというと、いくつかのアポは取れました。

もしかしたら、このアポから面白い方向に発展するかもしれません。

 

ですが、テレビ出演の依頼はもちろん、取材依頼や何らかのお仕事依頼等はまだ来ていないです。さすがに、そんな簡単に来るものではないのかもしれません。

(もっとも、下の記事でテレビ出演が目標と書きましたが、テレビ出演はリスクという話もあり、本の出版に目標を切り替えようかという気もしています。)

todairyunen.hatenablog.com

 

今後のブログの運営方針としては、質の高い記事作りを心掛けながら、ある程度安定したアクセスが来るよう頑張ることでしょう。

 

ブログのアクセス数について色々調べると、「ブログのアクセスは検索流入が基本で、検索流入が来るにはGoogle から評価されないといけない。Google から評価されるには、ある程度の期間ブログを継続し記事数を増やすしかない」というのが共通見解のようです。

検索によるアクセス増には時間がかかりそうですが、粘り強さが必要ということでしょう。

 

また、バズを狙っていくという手もあります。

しかし、最初に出し惜しみをすることなく記事を書いてしまったためにバズを起こせるようなネタはもうあまりない気もします(笑)

それにバズは狙って起こせるとうものでもないでしょうし、空振りをし続けるかもしれません。

 

あまり悲観的になることはないでしょう。

開始1週間にしては、かなりのアクセスを集めたのは事実ですし、これから次第で「人気ブログ」に成長する可能性はあります。

「人気ブログ」に成長すれば面白そうなことがどんどん舞い込む可能性もあります。

初心を忘れないようにしたいです。

 

 

お仕事依頼、アポなど

メールアドレス todairyunen@yahoo.co.jp

Twitterアカウント    

twitter.com

ブログランキング参加しました!

にほんブログ村 大学生日記ブログへ

高額の奨学金を借りてまで大学に行く意味あるの?

先日、とある区議の人にお会いする機会があり、様々な話を聞いた。

その中で奨学金問題が興味深かったので、今回記事にすることにした。

 

最近、奨学金問題が社会問題化している。背景には、高騰する大学の学費と世帯収入の減少があるようだ。NHKクローズアップ現代でもこの問題が取り上げられた。

www.nhk.or.jp

大学の授業料が今、私立で平均86万円、国立で53万円と上がり続けている一方で・・・。

世帯収入が減り続け、親からの仕送り額は過去最低となっています。そのため、2人に1人が奨学金に頼らざるを得なくなっているのです。

そして、返せないで自己破産に追い込まれる人も急増している。

本来、奨学金は社会人になってから返済するものですが、今、ご覧のように返済しきれない人が急増。自己破産に追い込まれるケースも、1万件に上っています。

 

奨学金の問題は、借りる時に本人はまだ17,18歳であり卒業後に高額の借金を背負うというイメージがきちんとできないまま、借りてしまうことにあると区議の人は言っていた。

今の時代、選ばなければ大学全入時代であり、「大卒」ということの価値は下がってきている。難関大学ならば高額の奨学金を借りても、そこそこの給料の会社に就職できると考えればメリットは大きいだろう。

(僕みたいに落ちぶれる人もいるが・・・)

しかし、大したことない大学、特に「Fラン」と言われるような大学に至っては奨学金を借りてまで通う価値などないのではないだろうか?

 

例えば、この記事で「奨学金延滞率」が高い大学の名前を見てみると、あぁ察し、となる。

toyokeizai.net

 

問題は、奨学金を借りてでも大学進学を勧めてしまうような高校や親の側にもあると区議の人は言っていた。

昔の世代の感覚では、大学にいってれば安泰だ、というのもあるだろうし、大学にいって就職するという「レール」に捉われすぎてそれ以外のキャリアプランを提示できないから、というのもあるだろう。

大学4年間通っても大した専門知識は修得できず、高額の借金を抱えて社会に投げ出され、結局非正規雇用や低賃金のブラック企業に行き着いたら本当に悲惨なことになる。

 

これでは、高卒の場合とあまり変わらないので4年分の機会損失と借金が残るだけという形にならないだろうか?

(留年して機会損失しまくっている僕が言えたことではないが・・・)

 

日本社会が「レール」に捉われすぎていて幸せになれていないというのは以前の記事で指摘した。

todairyunen.hatenablog.com

 

前もって多様なキャリアプランができていれば、奨学金問題は少しずつ解決に向かうかもしれない。

例えば、その区議の人は通信制の大学を例に挙げた。

通信制大学のメリットは時間に捉われず受講できること、学費が安いことだ。

これなら社会人になって、働きながらでも通うことができる。

 

テクノロジーが進歩した現代にあって、教育もITの力で効率化の動きがどんどん進んでいる。

毎週決まった時間に授業を受けるより、通信で都合の良い時間に一気に学んでしまった方が確かに効率は良さそうだ。

ホリエモンなんかは「大学に行くのはお金と時間の無駄」とまで言っている。

best-times.jp

もちろん、大学できちんと勉強して研究者の道に進んだり、研究者にならなくともちゃんとした専門知識を学んでそれを活かすことができるなら、大学に行く意義があるだろう。

しかし、例えば僕のように「勉強したい」という意欲が湧かないまま大学に行ってもあまり意味がないかもしれない。

(それでも東大の場合は、現代の日本社会なら卒業すれば「それなりの評価」はされるかもしれないが)

 

やはり大学が「レール」の一部として、就職へのステップでしかないという状況がおかしいのかもしれない。

こんなデータがある。各国の大学入学年齢の平均を比較したものだ。

gakumado.mynavi.jp

ここに紹介されている日本以外の国では大学入学年齢の平均が22歳~30歳とまちまちになっている。22歳にせよ、30歳にせよ日本では大学に入学する年齢としてはあまち一般的ではない。現に、日本では大学入学年齢は18歳だと記事に書いてある。

浪人での入学や社会人になってからの入学もあるはずだが、入学平均年齢が19歳にならない程度の数でしかないということだ。

 

いかに日本が「年齢」を基準とした画一化をしているかが分かるだろう。

僕は留年している身ということもあり、年齢を基準とした画一化を嫌がっているということもあるが、これだけ年齢でキャリアが縛られている国は珍しいはずである。

 

こんな記事もある。

asread.info

大学に多様性がないというのは、大学発ベンチャーが育たない要因でもあり、日本社会に新しい風が吹き込まなくなっているのかもしれない。

やはり、僕の意見としては「レール」というのを解きほぐしていき、多様な人生設計ができる社会に変わった方が良いと思うのだ。

働き方改革と教育改革がこの国の課題だと思う。

 

高専という選択肢

区議の人に会った時、高専インターン生が来ていた。だから、高専のことも話題になった。

高専のことを僕はよく知らなかったが、高専とは高等専門学校で高校生にあたる年齢から5年制のカリキュラムになっている。(大学2年生にあたる年齢までだ)

 

高専のメリットとしては、学費が安いことと専門知識を学べることだ。

特に大学進学するなら奨学金を借りないといけない・・・という家庭には高専がおすすめである。先程も述べたように(下のランクの大学なら特に)奨学金を借りて大学に行くメリットよりもデメリットやリスクの方が大きいようにも思うからだ。

 

もし、読者に中学生または中学生のお子さんを持つ方がいたら高専という選択肢もあるということを知ってもらえたらなと思う。

 

 

お仕事依頼、アポなど

メールアドレス todairyunen@yahoo.co.jp

Twitterアカウント    

twitter.com

ブログランキング参加しました!

にほんブログ村 大学生日記ブログへ

コミュ障の僕が伝授するコミュ障が飲み会を乗り切る方法

以前書いた記事

todairyunen.hatenablog.com

では、「東大生」「留年」「コミュ障」を希少性のタグと捉え、PRするための武器にするみたいなことを書いた。

テレビ出演ではなく、本の出版を目標にしようかなどと思い始めてはいるが、いったん脇に置いておくことにしよう。

今回は僕の希少性のタグの一つである「コミュ障」ネタを書こうと思う。

 

留年した話については以下のものをチェックして欲しい。(コミュ障が大いに絡んでいる)

todairyunen.hatenablog.com

 

さて、「コミュ障」というとどんなイメージを持たれるだろうか?

・人と話すのが苦手

・大人数でワイワイやるのが苦手

・キョドる

・人との関わり合いを避ける

 

こんな所だろう。

そうすれば、コミュ障は人と関わり合う場であり、コミュニケーションが行われる場であり、大人数でワイワイやる場であるような「飲み会」は苦手であるということになるだろう。

 

実際「コミュ障 飲み会」で検索すると以下のような記事やまとめが大量に出てくる。

matome.naver.jp

 

ところが、コミュ障たる僕は「飲み会」について、そこまで強い苦手意識を持っていないのだ。

これは、「飲み会」ならではの乗り切り方をある程度確立したからである。

(もっとも、僕は学生であり、ここでいう「飲み会」とは学生がやるような飲み会を指す。学生の飲み会と会社の飲み会は違う、というような話をネットでよく見るので、会社の飲み会では話が違ってくるかもしれない。)

 

飲み会を乗り切る方法を列挙していく。

 

①とにかく飲もう

これに限る。

コミュ障にとって、飲み会のような場に素面でいるのが一番辛い。そのため、まず「自分が酔う」ことが重要になってくる。

僕は比較的お酒に弱い方なので、酔いはすぐ回ってくる。酔いが回れば、不思議と苦痛というものを感じなくなっていく。体がポカポカしてきて、勝手に気分が高揚していくようになるはずだ。気分が高揚し、苦痛を感じない状態になっているうちにいつの間にか飲み会が終わっていることが多い。

また、飲み会というものはお酒を飲めば飲むほど評価される。(少なくとも学生の飲み会はそうだろう)

そのため、お酒を飲んでいれば、疎外されるようなことはあまりないはずだ。

 

コールがあるような飲み会では、もしコールを振られたら威勢よく飲み干そう。これさえできれば、むしろコミュ障にとってまともなコミュニケーションをしなくて済むコールのある飲み会は楽なはずだ。(体には負荷がかかるが)

 

(なお、極度にアルコールに弱い人は飲まないようにしよう。命の危険に関わる可能性がある。ここでは、アルコールにやや弱~ くらいの人を対象にしている)

 

②なるべく盛り上がりそうな席、盛り上がっている席に行こう

これも非常に重要だ。

盛り上がっている席にいけば、誰かが話してくれ、その場を回してくれるので、自分が喋る必要がないからである。

とにかく、その場にいて話を聞いていれば困ることはないだろう。

 

お酒を飲むのが好きな人が多く集まるようなテーブルに行くのも良い。

そうした席に行けば、①とにかく飲もう を自然と実践できるだろう。そうした場では「話す」よりも「飲む」が優先事項になることが多く、これまたまともに話す必要は無くなってくるためだ。

 

③とにかく笑おう

②を実践し、比較的盛り上がっている席に着いたとしても、無愛想でいると場に馴染まず居心地が悪くなってしまう。

その場に馴染むためには、笑うなど話をしている相手に何らかの反応をすることが重要だ。

また、笑っていれば、幸福を感じやすくなる。

ddnavi.com

フランスの哲学者アランは著書『幸福論』の中で「幸福だから笑うのではない。笑うから幸福なのだ。」という言葉を残した。

これは科学的根拠がない話というわけではなく、笑顔を作ると人を幸福な気分にさせるという研究もある。

www.lifehacker.jp

したがって、人の話を聞いていてちょっとでも面白いと思ったら少し大袈裟なくらいに笑おう。お酒を飲んでいれば、普段より笑いやすくなるはずだ。笑うことによって自然と楽しい気分になり、もう飲み会が嫌という気持ちは無くなってくる。

 

④無理して話さなくていい。キョドってもいい。

①~③を実践しても、まったく一言も話さず飲み会を終えるというのは難しいだろう。

酔って饒舌になる人もいるだろうが、やはりコミュ障にとっては依然として話すのが難しいという人が多いはずだ。

話を振られても「話せない・・・」や「話したくない・・・」となった場合はキョドればいいのである。

「えっ、えっ」と挙動不審な反応を見せれば、飲みの席においてはむしろそれが笑いに繋がることが多いはずだ。

そして、「コミュ障」というキャラを確立し周りの理解を得ていけばいい。

 

以上のような感じだ。

ほとんどまともなコミュニケーションをせずとも飲み会の場を乗り切れるということが何となく分かって頂けただろうか?

全国の「コミュ障」の幸運を祈る。

 

 

お仕事依頼、アポなど

メールアドレス todairyunen@yahoo.co.jp

Twitterアカウント    

twitter.com

ブログランキング参加しました!

にほんブログ村 大学生日記ブログへ